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めに
タイ王国は,本邦と同じく英語を母国語とせず,独自の言語・文字を持つ。現在世界的な教育改革の影響を受け積極的な教育改革が行われている。表面的には諸外国の新しい知見の導入に見えるが,実際には本邦のように独自の価値観による解釈と応用,運営がなされている。
慈善事業としての教育振興国家プロジェクト
本報で詳説する遠隔学習プロジェクト(ワンクライカンウォン・プロジェクト)は,1996年の国王の在位50周年記念して1995年に関連組織を包括する形で設立された。コーディネートは,遠隔学習振興会(Distance
Learning Foundation,以下D.L.F.)が行う。D.L.F.は,ホアヒン市に存在するワンクライカンウォン学校群で制作する通信衛星を活用した遠隔学習番組の全国への放送を振興している(写真:ワンクライカンウォン中高等学校)。このD.L.F.の主な活動目的は次の通りである(D.L.F.,
1996) 。
・衛星遠隔教育の運営の振興,支援。
・教員不足の学校を支援する,特に初等,中等,短期専門,高等専門教育。
・貧困な人々への教育機会を振興し支援する。
同時にD.L.F.は,第8次国家教育計画
(1997-2001)に呼応して標準教育水準の向上や教育レベルの向上も狙っている。
このように本プロジェクトには,国家教育施策の特徴と同時に国王の願いの実現と慈善がその根元にあり,他諸外国に見られるような教育面だけの施策ではない。プロジェクトの成功は,国民的な関心事でもある。従って取り組みは国家的でD.L.F.の運営では以下の関連各組織の代表を加えている(op.
cit. D.L.F., 1996)。
教育省の専任局長,一般教育局局長,タイ電話公社代表,政治家,県選管,私立学校協会局長,初等局局長,ラジャパット大学学長,職業教育局局長,一般教育局財務課長。
これ以外にも,例えば,軍最高指揮司令部(技術部局)など,様々な団体との協力により,この衛星教育プロジェクトは正式に1995年11月5日に始まっている。
積極的なメディアの活用
元来タイの人々は,科学技術の産物を使うことが大変好きである。かつては,テレビ冷蔵庫,ラジカセ,バイク,自動車は彼らの欲しい機器の代表であった。現在では,山奥でもこれら機器は普及している。今では,3mほどの衛星アンテナを設置し,アジアサットを見るのが流行っている。こんな気質なので技術革新は第7・8次国家経済社会開発計画でも積極的に取り組まれた。その代表が自国通信衛星(タイコム)の保有であった。タイコムの企画は1991年に始まる。衛星会社シナワットが30年間を期限として設立された。そして,1993年にエイリアン・スペース社によりタイコム1が静止軌道に打ち上げられた。これは10のCバンドと2つのKuバンドを持ち,翌年1994年より運用された。引き続き1994年にタイコム2が,1996年にはタイコム3が打ち上げられた。本ワンクライカンウォン・プロジェクトは当初はタイコム1で運用されていたが,以後タイコム3に移行して運用されている。
寄付による大規模な運営
前述のように本プロジェクトは,国家事業であると同時に慈善的特徴があり,その運営では積極的に寄付等の活用を行っている。しかし,営利団体ではなく規約においても「振興会目的を超えていかなる利益も得てはいけない」ことを明記している。当初の運営資金として国王は5千万バーツを,利子だけ活用するように指定し振興会に寄付している。また,サイトの機器の設置や保守管理は軍が行い,スタジオの運営でも通信衛星会社や軍が人員を供出している。カリキュラム開発は,教育省の一般教育局が直接に行い,王宮もプログラム評価の活動に貢献している。
タイ王国の教育事情と遠隔教育
教育制度
タイでは伝統的に教育は重視されており,学校制度が確立された19世紀後半以前から,僧,村の長老,地方の職人,芸術家などが制度外教育で大きな役割を果たしてきた。学制は1960年に第1次国家教育計画により7(4-3)-3-2制が実施され,7年間の義務教育が施行されたが,前期初等教育4年間で就学を打ち切ってしまう傾向があり第4次国家教育計画から我が国と同様の6-3-3-4制へ移行した(小学校が義務教育)。
1980年に教育省内に設置された国家初等教育委員会(ONPEC)が,初等教育の内容および行政の両面の責任を担当している。教科書は大臣直轄機関の教育カリキュラム開発局(DCID)が開発,審査を行っている。授業は初中等教育では,2学期制(5月,11月)で8:30-15:30に実施される。
小学校の95.58%,中学校の89.12%が国立で,これ以外に県立,私立校があるが,こちらは比較的裕福な家庭の子女が多い。
辺境の地でも県の管理局や巡回警察により学校が運営されている(Non-Formal
Education)。また,給食や,教科書,自転車,制服貸与などの各種奨学制度が実施されている(吉田,
1997)。
中等教育以降の教育では,複線化が進み非常に多様である(括弧内は管轄部局)。
中等教育:公立中高等学校(Dep.
of General and Adult Education),私立中学校(Office
of Private Education Commission),職業学校(Dep.
of Vocational Education),拡張中学校(Dep.
of National Primary Education Commission)
高等教育:各種職業大学(工科大学,職業大学,農業大学等,Dep.
of Vocational Education), 私立職業大学(Dep.
of Private Education Commission),ラチャモンコン工科大学(Rajamangala
Institute of Technology), ラジャパット大学(Office
of Rajabhat Institute Council), 国立大学・私立大学(Ministry
of University Affairs),その他の省の大学(軍,看護婦,警察,鉄道他)
このように様々な中等・高等教育経路が存在するが,経路間の単位の互換は非常に限られていて,これが生徒の進路の選択を制約することが少なくない。
就学率
就学率は初等教育98%,前期中等教育は37%(1992年)だが,現在進行している拡張小学校計画による前期中等教育を含めると95%になる(1994年)。高等教育への進学は学齢の16.4%である(1997年)。
中等教育の振興
近年のタイ経済の発展は,出生率の効果的抑制に結果的につながった。0-10歳の学齢人口は現在減少しており,これにより教育施策に具体的な効果が期待できるようになった。まずは,拡張小学校(前期中等教育レベル)の設置により,多くの子ども達がその就学期間を延長することが可能になった。しかし急速な就学率の向上は,実際には中等教育現場における歪みを生んでいる。最も大きな問題は,中等教育の複線化による混乱と教師不足である。この点では,遠隔的教育手法は,単に学ぶものの都合を考慮する教育施策という位置付けだけに留まらず,教育する側の準備を支援するという重要な役割を担当する。第8次教育計画では,このあたりの現状を踏まえ,学校の施設,現職教師の質,カリキュラム,学校経営で積極的な改革を行うことを狙っている(ONEC,
1997)。遠隔番組が広く活用されると同時に,その質に対して厳しい評価がなされるのにもかくのごとき背景が存在する。
経済改革計画と教育施策
タイの教育政策は,国家経済社会開発計画に伴い決定される。この開発計画は,タイの国家政策の指針で,5~10年スパンの政策内容である。毎年の予算案はこの計画に沿った形で決定される。現在は第8次計画の実施中である。したがって,新たな教育施策は5年程度の国家的なプロジェクトの一環のなかで企画・運営されている。
第7次国家教育開発5ケ年計画(1992-1996)
国際経済の変化に左右されない国内経済基盤の体質強化を目標に行われた国家的なプロジェクトとして存在する。この中で初等教育では,教材の整備,教員の再教育を通した理数科教育強化が実施された。また,中等教育では,将来の義務教育化を狙って,前述の拡張小学校計画が実施された。また,初等教育と同様の理数科教育の充実が取り組まれている。近年のタイの経済発展はめざましい(1995年度GDP8.8%)が,それにも増して教育省の予算が1995-1997年の間,毎年約2割以上増額されたことから見て教育への熱意が伺える。しかしながら,そこには依然として理数科教員の不足と教員の再教育の難しさ,教材・教具の不足という問題が存在する。特に理系の教員が不足する背景として,若者がこの国の伝統的に優秀な官僚組織に憧れて人文系を志望し,理系が敬遠されがちであったという経過がある。そこに突然押し寄せた技術革新の波が,限られた理科系人材を高収入の企業が吸収してしまい,その結果,理数科教員不足,ひいては慢性的な社会の理系の人材不足を生んでいる(吉田,1997)。
第8次教育計画(1997-2007,これまで前期計画として2001年までの内容が提案されている)
第8次国家経済社会開発計画においては,全体的な目標の一つに「技術革新」が掲げられている。そして第7次計画の成果を受けて,現在約3万2千校ある国立小学校を2万5千校ほどに統合し,個々の学校の設備と機能の充実が取り組まれている。教育改革は次の4つの領域で進行中である。(以下著者翻訳)
学校改革:建物,教室,設備,機具,図書館,教材の基準を含む学校環境の最低基準を決定する。学校は,コンピュータや理科実験室,語学実習室,運動場や運動施設を備えなければいけない。
教師改革:教師や教育管理者,指導主事の職業的自覚を育てる。教師は期待されている教育基準や社会・技術の変化に対応する質の高い学習を提供するために教授・学習システム開発を促進し訓練される。
カリキュラム改革:伝統的な教科領域に加えて,特に数学,理科,コンピュータ工学,英語,環境教育,倫理,職能教育を強調する。教授学習過程では,より実践的で組織的な思考を要求する活動的学習が強調される。学習は,最大限の効果に達成するまで発達する平等な機会をそれぞれの学習者が持つという平等の原理に基づき,学習者の要求,能力,興味に応ずるべきである。学習者は,彼らの生涯学習につながる十分な知識やプロセススキルを備えるべきである。
経営改革:学校経営の中央の権威は次第に県や,地域や学校のレベルの経営に分権してゆくだろう。教育の質についての意思決定は保護者や地域のリーダー,地域管理委員会によって構成される学校委員会に委任されるだろう。学校委員会は,それぞれの学校の発展や問題解決過程を地域の要望に応える方法で進めなければいけない(吉田,1997)。
また,中等教育では前期中等教育の義務化を睨んで,拡張小学校の設置,ワンクライカンウォンプロジェクトによる支援,職業学校への支援(奨学金等)などが積極的に行われている。高等教育では,理科学センター(ラジャパット大学群),情報処理センター(全体),ITプロジェクト(大学省,ATMによるTVカンファレンスネットワーク網)などが進行している。
これら数多くの教育施策に共通する特徴と課題として,
・技術革新の積極的な活用
・特に技術革新の一斉導入
・不足教育スタッフの支援
がある。技術革新の代表的存在の通信衛星の持つ機能(中核よりの一斉伝達による基礎レベルの教育改善)を効果的に活用できる環境が,生徒にも教育スタッフにも存在する。
タイ王国における遠隔教育の歴史(Promsakha,
1997, Tadang, 1980)
高等教育では,1978年にスコタイタマチラート公開大学(STOU)が設立されている。これは,東南アジアで最初の生涯教育機関でもある。ここでは,テレビ,ラジオ,スクーリング等をもとにした自宅学習を中心とした学習が行われている。設立にあたり,JICAの支援がありNIME関係者も専門家として派遣されたこともありその方法は本邦放送大学に類似している。基本となる主教材は教科書である。生徒の90%は就労社会人で,毎年1万2千人が卒業している。これ以外にも数校の遠隔公開大学がある。
初等・中等教育レベルでは,伝統的な2つの遠隔教育活動がある。共に教育省部局が管理している。
Dep. of Non Formal Educationは,1977年に初等・中等教育カリキュラムを始めている。これは,就学機会を逃した国民への対策で,"Radio
Correspondence Project"と呼ばれ,ラジオを活用した方法である。このプロジェクトは1998年に遠隔教育プロジェクト"Distance
Education Project"と改名され,サイトのグループ化,サイトの促進者の設置,教科書の充実などが図られている。
Dep. of Elementary and Adult Education(一般教育局)は,遠隔教育での初等・中等Formal
Educationを行っている。2通りの方法があり,教科書を中心とした自学システムとラジオを併用した("School
Radio"として有名である)システムがある。両システム共に,レッスンプランはしっかりと作られており,各生徒にトピック,目標,学習活動,自己評価法の指針が明確に示される。ラジオ版では教科書は支援的位置づけで,内容はワークシートのような構成である。担当教師は,ラジオ放送を行う他に,生徒の参加を意欲付け,フォローアップの活動を実施し,マーク課題を評価し,フィードバックを生徒に行う。
その後タイは自国の通信衛星を持つに至り(タイコム1:1993,タイコム2:1994)それらを活用した,遠隔教育プロジェクトが始まっている。
Dep. of Non Formal Educationは,タイコム振興会(Thaicom
Foundation)と協力して,就学機会を逃した国民への更なる対応として,"Satellite
Distance Education Project"を始めた。これは,Kuバンドで直接家庭で視聴できるものでDTH(Direct
to Home)とも呼ばれる。ここでは,振興会の提供する無料チャンネルを活用している。この中で展開する教育番組には3種類が存在する。
1) Dep. of Non Formal
Educationの公開遠隔教育
成人用の,初等・中等教育。タイコムのTV番組と印刷教材,録音テープ,ビデオ,スライドなどがパッケージとなった自学教材による。生徒は,自学と合わせてグループミーティングにも参加する。グループミーティングでは面接評価,議論,実験,実習等が行われる。単位も授与される。
2) Formal EducationのTV放送
初等・中等教育のTV教育。外国語,芸術,音楽等希少科目を中心に特に地方の学校を対象に教育プログラムが放送されている。教育方法はサイトの促進者による導入(8-10分),TV視聴(12-15分),質疑のセッション,グループでの議論,印刷資料に示された活動(10-15分),まとめ,小テスト(10分)。全ての番組は各学校の授業の支援的な位置づけで作られている。位置づけとしては本邦のNHK教育番組に似ているが,内容としては,より積極的に教えている。
3) Dep. of Informal
Educationの公開放送
国民への教養番組を提供するために行われている。健康,スポーツ,文化,生活や社会で活用できる知恵などの番組が放送されている。
これら,多様な遠隔教育のほかにワンクライカンウォンプロジェクトが存在する(次節詳説)。
ワンクライカンウォンプロジェクト
遠隔番組の正式放映は,テスト運用の後1996年の最初の学期より始まっている。
サイト
スタジオサイト:スタジオサイトはバンコックから南西へ車で2時間のホアヒン町に位置するワンクライカンウォン中・高等学校で王立の私立学校である。約1900名の生徒がいる。プロジェクトに直接関係する学校は,本校に加えて近隣の姉妹校群があり,結果的に幼稚園の3才から,初等,中等教育,さらに高等教育では,ワンクライカンウォン職業大学,ラチャモンコン工科大学ワンクライカンウォン校までを網羅する。
リモートサイト:当初は119学校がこのプロジェクトに加わり,その数は第二段階では200校までに増加し,現在1000校を超える。多くは,中・高等学校であり,これ以外にも職業大学,工科大学,幼稚園,看護学校等の教育番組(1997年度より)や,教師教育(1997年度より,FDの番組)もある。リモートサイトの授業の視聴では,教室に必ず促進者(Facilitator)が配置されるようになっている。また,各サイトには,FAXと電話が設置され,スタジオサイトの料金無料番号にアクセスすることによって,コミュニケーションが行えるようになっている。
システム
ホアヒンのワンクライクランウォン校には現在12つのスタジオがあり,うち6スタジオを用いて中学~高等学校の授業が常時公開されている。スタジオ内にはそれぞれ2カメラが設置されており,そこから,6つの副調整室を経由して,得られた6つの映像は,MPEG-2圧縮され,ファイバー(34Mbps)で約100km離れたナコンパトムにある通信衛星会社アップリンクステーションに電送される。そこから,タイコム3の6つのKuバンドチャンネルにより送信されている。リモートサイトには,通常6チャンネル用の6つのデコーダーと教室あたり2台,計12台のモニターテレビ,ファクス,電話回線などが提供されている(D.L.F.,
1997)。
スタッフ
現地の計約40人の教員は,授業番組の実施を担当するが,カリキュラムおよびシラバスは教育省の学校・成人教育局の専門官が,年度当初に多数現地に派遣されて作成する。
また,現在スタジオサイトの運営スタッフとしてシナワット会社より4人,陸軍より5人の技術スタッフが,奉仕派遣されており,またD.L.F.より10人,アルバイト30人が働いている。
方法
中学・高等学校教育:昼間(8:30-15:10)は中学・高等学校のライブの授業番組の放送である。6学年の授業が常時放送されている。各授業は50分間である。スタジオ教室以外のワンクライカンウォン校の授業はリモートサイトと同じく,TV視聴による。
実験運用当初は,公開授業的な放送番組であったが,以降改善が加えられ,現在では,番組内でのメディアの積極的活用やレンズに向かっての呼びかけ等,コラボレーション的要素も授業で扱っている。また,素材VTRの差し込みも行われている。リモートサイトからは,電話やファクスでコンタクト可能で,その場合副調整室からシグナルが送られ授業担当教師が即時対応するようになっている。
特筆すべきは,授業で提示する情報は,すべて授業担当教官が自ら作成していることである。コンピュータを触れたこともない教員が僅か1年間でその6割以上がパワーポイントを使って提示情報を作成していた(文字の提示に留まらず,CG映像の自作を含む)。さらに続く3割がOHPを使っているがこれは,授業中の追記が必須の授業に限られていた。教科書や紙をそのまま提示するのは1割程度に限られる。彼らは,毎日のように授業があり,その準備で忙しい。国王が番組を視聴するのを日課としているために,いいかげんな物を放送できないという緊張感がある。いずれにせよ,各員自転車操業的に教材作成に追われている。メディア活用能力の向上は極めて高く,皆コンピュータをショートカットキーを駆使して使う。
また,土曜日にはQ/Aセッションが約半日行われていて,その週の授業に関する各種質問にリモートサイトと電話応対しながら番組放送し集中的に対応している。
夜間には再放送も放映しており,これはサイトでのVTR記録による使用を前提としている。実際,リモートサイトとスタジオサイトの時間割や授業開始時間の違いのために,録画を使って学習している生徒も少なくない。
高等教育:地域の関連学校であるラチャモンコン工科大学ホアヒン校より毎日教官がスタジオを訪れ,外国語や一般教育科目などが,ライブで放送されている。スタジオに学生はおらず,教師だけの教育番組の放送が主体である。しかし,中高等学校の番組の影響を受け,教材提示メディアの活用は盛んである。
また,夜間・早朝に現地ワンクライカンウォン職業大学の教育番組を放送している。これは,取材や夕方~夜間スタジオ使用による教育番組録画を放映するもので,サイトではVTR録画による使用を前提としている。
幼稚園,小学校番組:中学校1,2年の授業は午後の早い時間に終了する。その後このチャンネルを活用して,ワンクライカンウォン幼稚園,小学校の番組が放送されている。幼稚園の場合は,園児を実際にスタジオに入れることもあるが,これら番組の多くは,学習環境が整った実際の関連学校教室への取材,録画が中心である。
単位認定
ワンクライカンウォン・プロジェクトでの単位認定(中・高等学校)は非常に多様である。
1)リモートサイトの教室に担当教科の専任教官が存在する:サイトの担当教官が評価し,学校が単位を認定する(サイトの単位)。
2)リモートサイトに担当教科の専任教官は存在するが,教室の促進者は他教科の教官である:サイトの学校内に単位認定委員会を設置し,試験等を考慮して,その委員会が評価し学校が単位を認定する(サイトの単位)。
3)リモートサイトに該当教科の専任教官が存在しない:カリキュラムに示された,活動,試験,課題等を促進者が確認し,その報告に基き教育省学校・成人教育局が単位を認定する。
少なくとも,遠隔教育における単位認定のシステムでは,本邦以上に進んでいることがわかる。
遠隔学習番組の発達と貢献
プロジェクトの評価
プロジェクトの初期段階では,この方法への批判や妨害があった。その理由として,一方通行に見えた番組による学習効果への批判や,番組の運営が特定の目的のグループを持たないマス教育であったことへの非難,技術を投入するスタジオの学校の能力への軽蔑であった(op.
cit. D.L.F., 1996)。以下は,実験運用当時に発表された批判の数例である。
番組の構成は興味あるものではなかった。遠隔の生徒はスタジオ教室にいる生徒のように学習に参加していると感じていなかった。彼らはこの教授学習システムにそれほど興味を示していなかった。
(マッチョン新聞,1996年1月20日,著者訳)
このプロジェクトには,教育水準,映像信号の貧弱な質,映像の不鮮明さなどのいくつかの問題がある。後者2つについては生徒の視力に影響するだろう。
(タイラット新聞,1996年1月24日,著者訳)
教育に用いた全ての予算が無駄になった。学術的要素の準備が不十分だ。
(サイアムポスト新聞,1996年1月26日,著者訳)
しかしながら,その後の改善努力の後,スリントン王女による評価プロジェクトでは,テレビによる教育が通常の授業より以下の点でよい結果を生み出していることが明らかとなった。
・よりよい納得できる授業準備がなされる。
・熟練教師の厳格な選定がある。
・ライブ講義の論理的な展開が期待できる。
・洗練された支援教具が使われる。
さらに遠隔番組により以下の中等教育選択科目の標準レベルの全国的な改善に貢献してきたことが評価されている:体育,ダンス,国語,西洋音楽。
将来のタイの子供の教育改善
衛星通信技術が,すばやい容易な情報の伝達をする働きや,それがタイの生徒に教育教材を提供する重要性だけを喜ぶ人がいる。しかし,衛星遠隔教育は新しい教育の方向の第一歩である。D.L.Fでは,熟練教師による衛星番組で,地方における資格教師不足の問題を解決することを狙っている。
プロジェクト初期段階の実験授業番組では,準備・実施の問題点への地方からの助言が番組提供と共に交換された。スタジオへのフィードバックは,42の実験校から,衛星放送局の置かれたワンクライカンウォン学校に送られた。その後,フィードバックや結果のまとめを行うために何度もセミナーが開かれた。
国王の側近でD.L.F議長のクワンゲオ バチャロダヤ氏はワンクライカンウォン学校での特別講演で,このプロジェクトの背景を語っている。彼はラプラチャーヌプロ振興会(貧しい家庭の子ども達へ初等・中等教育の機会を提供するために,全国に約30の寄宿舎付き学校を王宮支援で設立した)の議長としても,北部や南部,東部の過疎地にある振興学校を支援している。バチャロダヤ氏がこれらの学校を訪問したとき,彼は過疎地に十分な数の学校がないことにびっくりした。この重要な問題は,生徒に対して熟練した教師の比率が非常に少ないことでより悪化している。国家的に見ても政府の教育予算が限られ,不足し,教師の増員雇用は学校の増加に追いつかず,学校の増設は生徒の増加に追いついていない。そこで,バチャロダヤ氏は,ワンクライカンウォン学校をモデル学校として使い地域差が生じないように教育番組を衛星で地方に配給し,タイのこどもに教育の機会を作ることを実現した。初期投資の後,運営コストはしだいに減少し,長期に運営できる見込みもできた。一般教育局は,全国から模範的な教師をこのプロジェクトに参画させるために集めた。かつて局は,教師を僻地に派遣し,そこの教師を支援していた。衛星教育は,このような教師派遣を減らす結果となった。そして,コスト軽減に対する生産性や,能率や効果を達成できた。
技術の積極的な導入
パワーポイント(PP)やコンピュータグラフィックを活用した板書提示や教材作成が盛んに使われている。ここでは,最も盛んな活用をしている中高等学校番組についての現地調査結果を紹介する。
遠隔番組では,リモートサイトでの画面サイズ,解像度等の提示の環境は同じなので,情報提示メディアの特性を比較することができる。教師達の選択基準についての現地における直接インタビューより,遠隔番組における情報提示メディア選択の3つの判断基準を識別した。
表1:提示メディア選択の基準
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PP
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OHP
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印刷物
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可読性
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◎
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△
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×
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表記の正確さ
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○
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△
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○
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情報位置の指示
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△
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○
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◎
|
授業でリモートサイトと同等の資料(教科書など)を所有し,情報位置を相互に確認する必要が高い内容では,印刷物がそのまま使われる。この場合,印刷資料が4x3の画面比率に一致してなかったり,画面内の文字フォントサイズにばらつきがあって詳細文字が不可読であったり,内容の概要ができていないなどの問題点は,リモートサイトの生徒の手元資料が参照されることから無視されることになる。
OHPは,通常の対面授業で使用できる技術がほとんどそのまま遠隔番組のTV画面でも活用できる。しかし,どんなに明るいランプを使ったとしても,暗所でのカメラ撮影なので,絶対的な照度が低く赤系統の色の画面での鮮やかさが不足する。これは,情報へのキューに影響する。また,スクリーンへの投影は,個々の文字情報のコントラストを低下させる。しかし,解説に合わせてインタラクティブに指示,記入できる利点は高く,たとえばPPでは実現の難しい,物理での力のかかり方の説明や数学の特殊記号のある計算式の提示に活用されていた。
識別表には項目採用していないがPPは,芸術性が高い。見栄えの良さをことさら重視するタイでは,積極的にPPのテンプレート,クリップアート,エフェクトを活用していた。この方法は,全ての手続きを予め予測,用意しておく必要があり,現場での即時対応が限られる。それにも増して活用されるのは,画面のインパクトの高さが,遠隔授業情報で特に重視される概要した内容の提示にふさわしいことと,可読性の高さがある。しかし,あくまで800ラインのCRT画面をPAL変換しているために,アンダーラインなどの詳細な線や図形にフリッカーが生ずるので,情報量の制限(大きな図形・文字表示)は必須の準備である。
日本の遠隔教育で多用されている提示しながら,指示や書き込みのできる,OHPとPPの中間の特性を持つフリップボードが全く見られなかったのは,ライブ常用状態の遠隔番組では,作成の手間,時間,移動の難のあるフリップは教師に好まれなかったためである。
提示教材
写真,描画,証明書などの提示は,黒板横の掲示板に予め添付しておくか,適宜,ホワイトボード(WB)のペン置きに立てかけてゆく方法が使われる。大きさはあまり大きくなくどれもA4程度である。制作の容易さや携帯性が重視されている。ポスター状の物をWBに添付する方法も使われるが,生徒の発表など場面は限られる。
具対物(教材)の提示
薬品,物品,実験器具などが直接映し出される。理科実験などの演示も行われるが,アメリカネブラスカCorpNetのスタジオ教室(Nebraska
CorpNet, 1994)のように上部天井に具備したカメラが無いので,生徒側から見たショット(Second
Person)だけである。従って,内容展開もリモートサイトで同時実験させることを意図していない(First
Personのショットがない)。
インサート技術
本邦の放送大学で積極的に使われている方法である。VTR教材を授業中に挿入,視聴させるものである。使用している授業は限られるが,使用した場合VTRが最大授業の60%程度まで使われることもあった。
エフェクト技術
基本的に副調整室で操作できるエフェクトが限られる。フェードとワイプしかない。ワイプは大きさ,位置が自由に変更できる。フレームギャバ,ディジタル処理は無く,基本的にはカメラ像がそのまま使われる。カメラが2台で自由度の制約があるが,多くの教師がPPを使っているので,その映像を含めると3台分の活用が可能である。
使われるエフェクトとしては,フェードが多いが,ビジュアル・モンタージュも使われる。最も多いのは,長時間提示される情報とクラスの生徒の状況をオーバーラップ表示するものである。1台のカメラの画面の右隅に教師のバストショットを入れ,それをワイプに入れ込んで,教育情報と同時提示する方法はよく使われる。
授業間の休憩時間に使われる挿入音楽は,スタッフが皆若いこともあって流行音楽が使われて明るい雰囲気である。加えて授業中ではオーディオ・モンタージュ,挿入音楽などの音声効果が使われ(特に宗教の授業)ている。
授業形態
基本構造
提示情報量にクラス内の相互コミュニケーションの量が反比例する。従って,遠隔番組の場合,どのような授業形態を教師が選択するか以前に,どの程度の情報量が授業で扱われるかで授業形態が制約されてしまっていることが非常に多い。現地インタビューにおいても,授業設計上の教授方略の意識が希薄で,内容や提示効果(Effectの含意)を意識したものがほとんどであった。
授業の公開性の高い番組
学生のプレゼンやグループ学習を中心とした授業:提示情報は議論の用件や,課題などが中心となり,指示棒の使用は限られ,結果的にパワーポイントが多用される。
講義

トーキングヘッドと情報提示画面が中心となる。この場合,講義性が高ければ高いほど,文字情報画面での説明が長くなる。教師のショットは教師が立っていることもあり,クロースアップはほとんど無く,バストショット中心である。
クラスルーム環境
スタジオクラスの机配置(伝統的な配置)の関係で生徒の正面からの画像が得られにくい。表情を読み取ることは難しく,側面からの身体全体の動きより察するしかない。
しかし,技術者はこの状況をよく心得ていて,カメラマンはあえて教室の前面にカメラを移動し,また副調整室の技術者は前面カメラより得られた生徒の表情をワイプにより,授業中に提示情報とワイプして挿入することにより,スタジオ教室の生徒の様子を伝えている。これは,特に外国語に多く取られる方策で,リモートサイトの生徒に多くの刺激を与える。
技術者との連携
副調整室に2人,カメラマン2人が1番組の現場スタッフである。彼らは,皆若く,テキパキとしており即応性に富む。スタジオサイトの責任者も30台前半の年齢である。
カメラマンは撮影をしながら生徒と同じように勉強している。日本語の授業のカメラマンは日本語を仕事中に覚えて著者に話しかけてきた。カメラマンのクラスルームクライメイトの掌握は,50人もの大人数のスタジオクラスルームで生み出すショットに,教師や生徒との意図の違いを起こしにくいという効果を生む。副調整室も同じである。彼らは,皆エリートで高学歴である。教師より渡されているPPのスライド資料をすばやく校正し,彼らの判断で修正する。教師が自分で準備した情報と違うことを指導し始めたら,何ら指示を受けなくてもその場でPPに入力する。練習問題の解答の間違えも発見し修正する。これら,PPの修正,追記,新規作成は前もって行われることはほとんど無く,その場でライブ授業と平行して副調整室で行う。このような副調整室のPP挿入は,先に延べた第3のカメラの役割に加えて,チームティーチングの役割を持つ。
Q/Aの効果
中等教育では,土曜日にQ/A番組を設置しそこでリモートサイトよりの電話やFAXによる質問に応対している。現地調査の結果では,質問の多くは具体的な授業内容に対するものではなく,学習の進め方など学習への根源的な疑問であった。また,他のサイトで学習する仲間への声かけなども見られ,「意欲」や「交流」の効果が見られた。
今後の課題
促進者の役割の重視
工科大学が「遠隔教育」,幼・小・職業大学が「番組教材」を中心とした1wayの放映なのに対して,中等教育では「遠隔学習」を行っている。この理由として,既に複数の「遠隔教育」型のメディアを活用した教育施策が存在し,それら事業と差別化を図ると同時に,教育効果をより明確な物とするために,1wayAudio/Visual-1wayAudioの2wayコミュニケーションを実現している。したがってリモートサイトに促進者を置くが,「遠隔学習」の学習者を中心とする学習形態がそれまでの学校における対面授業と違うために,促進者の役割を周知させる必要がある(星野
ほか, 1997)。特に,教えることから学習者の活動の促進を意識するのは容易でない。D.L.F.では,促進者のマニュアルの作成と講習会を準備中で,今後それが浸透することが待たれる。
地域性素材の重視
特に中等教育では,教科によって学習内容の地域性が重要である。現行中等教育指導要領でも,中等教育への進学率を高めるために地域活動を積極的にカリキュラムへ盛り込んでいる。特に「職業」,「伝統舞踊」,「伝統音楽」,「理科」などでは,学習素材自体が地域の場合がある。そこで,D.L.F.では,北部と南部にスタジオクラスルームを増設することを計画している。
教育研究活動との相互協力
これまで,国家プロジェクトとして最優先に通信衛星の教育活用を担当してきたD.L.F.であるが,反面6チャンネルを占有していることにより,他の組織の衛星活用事業案件の進展が遅れている。さらにタイにおいては事業のプライオリティーは重要な考慮事項で,大学や研究機関が積極的に中・高等学校に支援を申し出ることは難しい。したがって今後はD.L.F.は政治力の発揮だけでなく,より主体的な研究案件の設定と関連組織との協力関係を深め,「遠隔学習」のより学術的な発展を支援する必要があるだろう。
付記
本研究は平成9年度日本学術振興会特定国派遣研究者の助成金により行われた。
参考引用文献
- D.L.F.(Distance
Learning Foundation)(1996), Regulations of Distance Learning
Foundation. Issue 2, Bangkok.
- D.L.F.(Distance
Learning Foundation)(1997), Technical Leaflet of Distance
Learning Foundation, Bangkok.
- Nebraska
CorpNet(1994), A handbook for Teaching via Television,
University of Nebraska-Lincoln Division of Continuing Studies
Academic Telecommunications University Television Educational
Telecommunications.
- Office of the National
Education Commission (ONEC)(1997), Education in Thailand,
Bangkok: SYDMAP, pp. 204-214.
- Promsakha, P. (1997),
Distance Education via Satellite in Thailand, A Thesis of
M.Ed., Osaka University.
- Tadang, N. (1980),
Broadcasting Education and Open University in Thailand,
Proceedings of Japan Society for the Promotion of Science,
Bangkok: Thailand.
- 星野和彦,吉田雅巳(1997),
メディア利用による大学の授業改善の研究(13)遠隔教育における教授スキル,教育工学関連学協会連合第5回全国大会,
Sep.11-13, 東京:電気通信大学
- 吉田雅巳(1997),タイ王国の教育改革に学ぶ。理科の教育,3月号,
46巻, 3号, pp. 20-23
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